木村天山旅日記

サイパン慰霊 平成19年5月19日〜25日

第三話

三日目、同行の者が、サイパンの観光地化に具合を悪くして、寝込んだ。

現地の人との出会いを楽しみにしていたが、そこに行く、行動するにかかる費用に、驚いたのだ。そして、それだけお金を掛けても、何も成果が無いとしたら、と思い、寝込んだ。その気持ちが解るので、私は、一人で出掛けた。

 

まず、繁華街であるガラパンにある、ガラパン・キリスト・ライ教会である。

交通費を浮かすために、送迎しますというガラパンのレストランに行く。交通費がかからないゆえ、そこで昼食を食べた。

歩いて、教会に向かう。

暑い。汗が流れる。着物の袖で汗を拭く。

ハンカチは、持たない。

 

カトリック教会は、いつも開いている。それが、カトリックの意味である。公である。母なる教会ともいう。

 

ミサの時間外であるから、横の扉を開けた。

矢張り、開いた。

普通の教会であるが、実に、見事な内容である。

壁一面に、絵が描かれている。スペイン風なのであろう。ステンドガラスではない。

キリストの絵と像が多い。そして、聖母子像である。

カトリック教会に、マリア像は、かかせない。

 

祭壇前に跪き、主の祈り、アベマリアを唱える。

教会への批判と、私の行為は、別物である。

翌日、サイパンの大聖堂である、マウント・カーメル・カテドラルに行ったが、そこは、驚いた。祭壇からの霊力である。体が揺れたのであるから、凄い。

これは、後で書く。

 

聖堂の後のマリア像の前に、ともし火の台が置かれている。祈りと共に、ともし火を置く人がいる。

心の慰めの場を感じる。

 

サイパンも、カトリックに飲み込まれて、今に至る。

だが、日本統治時代に、日本政府が神道を強制した事実がある。その時、島民は、山の洞窟にマリア様を安置して、ひそかに祈ったという。聖母マリアのほこらとして残っている。

本当の神道の精神を持てば、そのようなことをしない。

日本の神道の精神が歪み始めたのは、推古天皇の頃からである。

 

神武天皇は、すべての地霊を祭ったのである。神道、まだ神道と、名づけない前からの古神道は、そうである。

 

さて、私は、ただ挨拶の祈りをあげて、そこから近い、旧日本病院跡の北マリアナ連邦博物館に行った。

戦火を免れたのであるが、それは、その後に松江春次の銅像があったからであろう。

マッカーサーは、軍に松江の像は壊すなと命令したのである。

松江は、島の民から尊敬し信頼されていた。島の人の心をつかむには、松江の像を壊してはならないのだ。

 

旧日本病院は、清められていない。私は、具合が悪くなった。

しかし、職員がいて、監視している。何も出来ない。

勿論、声に出して祈る必要は無いが、どうしても、そこで何かをする気持ちにならないのである。

島の歴史、ドイツ統治時代、日本統治時代、そして、戦後の記録を見た。すべてを回り、出た。

印象に残ったのは、戦後の、日本兵への、アメリカ軍のチラシである。潜伏する日本兵や、日本人に向けて、アナタタチハジユウデアル、というものである。日本に帰りたければ帰れる、この島に残りたければ残れるというチラシである。

 

これについて書けば長くなるので省略する。

 

その先にある、シュガー・キング・パークに行く。

松江春次の銅像を見上げた。

そして、目的の、彩帆香取神社に向かった。

私は、神社を好まない。

時に、とんでもない霊の溜まり場になっていること多々あり。

サイパンを、彩帆と書く、これが気に入ったのである。

ところが、象徴する出来事があった。

黒犬が吼えるのである。そして、私に近づき、吼える。しつこい、くどいのである。私は、犬が大好きだから、犬にしつこく吼えられることはない。

後から、ついて来て、吼える。

私の参拝を阻止するように吼える。

神社の石段を上がる時も、後からついて吼える。

何となく、この神社の主が想像出来だが、元の神社は戦争時に焼かれ、今のものは、1985年に、北マリアナ諸島の繁栄と、日本との親善目的で作られた。しかし、守る人はいない。

 

神社の本体は、要するに、神様は、素っ裸である。ご神体が、そのまま晒されてある。そして、普通は、奉られる神の名前が記されるが、それが無い。

有志によって、建てられたとあるが、これは、あまりに素人である。

素人の私から見ても、素人である。

 

そして、黒犬である。

これ以上書かない。

実は、その隣に、もう一つ、神社がある。並んであるという感じであるが、もしや、そちらの方が、元の神社ではないかと思った。

ただ、こういうことは、触らぬ神に祟りなしなので、天照大神のお名前だけを唱えて、戻った。

そして、黒犬と、対決した。

私がメガネを外して、黒犬を見た。見つめた。吼える。遠吠えのようにも吼える。

しかし、次第に、私の顔をみなくなった。何度か繰り返したが、最後は、去った。

そして、また私の後をついてくるのである。

 

犬に懸かったというか、憑いたのであろうが、それには触れない。

その公園を出ると、犬は戻った。犬は、自分の領域である公園に入った私を、敵とみなしたという言い方が出来るが、違う。あきらかに、霊的何かである。

私に、祓われては困るのであろう。

 

三時間ほど、歩いていたことになる。体は、汗だくである。

バスでホテルに戻ろうとしたが、丁度、出た後で、一時間待つことになる。しょうがないと、有名ホテルの前のタクシーに乗った。

観光客のタクシー料金は、地元の人が乗るより、はるかに高い料金だと、後で知る。

ホテルまで、20ドルを払った。

 

ホテルに戻り、シャワー替わりに、プールに入る。

ホテルのプールを利用するお客は少ない。

誰もいなかった。

客は、オプショナルツアーに出掛ける。

サイパンは、旅行会社の独断場である。それ以外の方法が無いという方が当たっている。

兎に角、観光で雁字搦めである。

レンタカーを借りて行くしか手は無い。

しかし、左ハンドルで、右通行である。危険だ。

結局、決められたレールに乗ることが一番である。

 

28歳のマッサージ嬢は、私の言葉の誘いに乗って言った。「日本人頭悪い。そしてHだ」と。フィリピン人の運転手が言う。「中国人は、頭がいい。送迎車を使い、少し食べて、他は、コンビニで買い物して、ホテルで食べる」と。

観光客の九割は、日本人である。

働く人の多くは、中国人、フィリピン人である。経営者は、日本人と韓国人、中国人である。現地の人は、仕事をしない、というより、仕事が無い。

どうやって、暮らしを立てているのか知りたいと思ったが、誰も知らない。そして、現地の人に逢うことが出来なかった。

 

結論は、今の日本が最後の良き時代になるだろうということである。

お金持ち、日本である。

これからは、下降するのみ。

勿論、一部の日本人は、大層金持ちである。しかし、大半の日本人は、貧乏である。

団塊の世代の退職金の行くへに云々というが、退職金の大半を持ち上げているのは、公務員の退職金である。中小企業の退職金は、無いか、あっても、500万円以下である。

 

国の金を使える者どもが、一番良い。

年金資金を使った、社会保険庁の改革が行われているが、氷山の一角である。

1000円を1円にしても、彼らは、責任無く、痛くも痒くもない。のうのうと、良い老後を過ごしている。

ずさんな仕事振りは、目に余るが、それに誰も責任を取る者は、いない。

皆々、誰かが、横取りしているのである。

年金資金を使って、グリーピア事業をしたが、その中に、必ず得をしている者がいる。大損したのは、国民である。

 

開発と称して、国の金を使い、山を切り崩し道路を作る。

誰が得をしているのか。官僚、政治家が、必ず、戻し金、マージンを取っている。

その額が示されたら、国民は、仰天する。

民主主義などない。共産主義と同じである。上に行く程、得をする。

支配者層になれば、皆々、得々である。

国民、人民は、ゴミである。

そのために、非国民を作るために、また、非国民になりたい人のために、東大という大学がある。

 

革命を起こすならば、東大を潰すことからである。

勿論、これは、日本だけの問題ではない。

世界中が、そうである。

世界の支配者層とは、ユダヤ人、華僑、フリーメーソン、皆、同胞意識強く、排他的である。

しかし、これ、人間の性である。

支配欲とは、人間の最大の欲望である。その端的な道具が、金である。

 

もう一つ、加える。宗教団体である。

カトリックを見よ。世界有数の金持ちである。

貧しい人から、広く金を集めるのは、商売の基本中の基本である。

それは、宗教を見れば、よく解る。

宗教法人という日本の宗教団体の悪行は、神罰、仏罰に当たるであろう。それが、神や仏を説くという、仰天である。

 

世の中は、嘘八百で成り立っている。

それが、この世が地獄である証拠である。

霊界に地獄は無い。

このところ、これ地獄である。

 

ああ悲し 我は地獄に 生まれ来て 遠き古里 偲びつつ生く

 

注・

これは、ホームページの、ブログに書いたものである。

一般の人に向けたもので、同行者とは、野中のことである。

サイパンは、観光向けであり、慰霊の行為には、遠い。

海遊びが主であり、後は、何もない。ただ、慰霊碑が多いが、それも、単に観光のためのものになりつつある。慰霊でなければ、二度と行きたい場所ではない。

何もないからである。

日本より、物価が高くて、実に、驚いている。

マリアナ諸島、その南が、ミクロネシアである。

次に、ミクロネシアの、トラック諸島の、慰霊に向かう。

海底に沈む日本船は、200以上、そして、艦船は、40以上であり、多くの戦没者の遺骨が、そのままになっている。