木村天山旅日記

 バリ島 平成20年5月 

 第5話

観光地化されたバリ島であるが、現地の人は、実に貧しい。

誰が利益を得ているのだろうか。

経営者である。

経営者は、バリ島の人ではなく、よそ者である。

 

現地の人は、豚小屋のような家に住む。

だが、土地を貸している人は、かろうじて、普通の平屋建てに、住める。

しかし、収入は、限られる。

 

私が、十二年ほど前に、バリ島に出掛けた時期は、一ヶ月の給料が、約一万円だった。今は、二万円だという。

知り合った人に聞くと、一万五千円から、二万円の、給料である。

しかし、物価は十倍以上になった。

 

それで、最低の衣食住が、保たれる。

貯金などは出来ない。

ただ、バリ島の人は、税金が無い。それが、唯一の救いである。

また、医療費も、安い。しかし、それでも、病院に行ける人は少ない。

病気は、未だに、祈祷師のところに出掛けたりする。勿論、それで、治ることもある。そこが、バリ島の不思議である。

 

土地を貸して、大金を手にした人の中には、狂ってしまった人もいる。人生が、金で狂うのだ。

大金を持ったことの無い人が、大金を手にすると、おかしくなるのは、どこの国の人も同じである。

 

今は、観光の主である、クタやレギャン地区に、土地を持つ人が、金持ちになっているが、そのうちに、ウブドゥになる。

それも、繁華街である。

そこから外れれば、外れるほど、貧しくなる。

 

ウブドゥは、芸術の村と、呼ばれる。

木彫り、バティック、イカットという衣、彫金、絵画などなど。

しかし、売れなければ、金にならない。

 

今回、お金がなくて、絵を描けないという、人もいた。

子供の教育に、奥さんの働きが、すべて消える。

主人は、田圃と、豚、鶏などを飼う。そして、絵描きである。

絵具が、買えないのだ。それは、つまり、絵が売れない。また、売れても、大半が、手数料として、取られる。

 

奥さんの稼ぎは、およそ、五千円である。

二人の子供の、教育費に当てられる。

それも無い子供は、学校に行けない。

 

時に、学校に行けない子供が、自殺することもある。

 

私が、子供服を支援した、学校の児童は、バリ島の人々によって、支援されている子供が多かった。

それは、実に良いことだ。

バリ島でも、人のために、支援出来る人がいる。

 

だが、それでも、貧しい人が多い。

 

手っ取り早く金を、稼ぐには、売春があるが、バリニーズで、売春をする者は、実に少ない。その、宗教的な生活に、売春は無いのである。出来ないのである。

売春を、持ち込んだのは、ジャワ人である。

 

最初に、書いた、レディボーイたちも、売春を主にして、お金を得る。

働く場所が無いからだ。

ただし、身体は、男のままである。

手術する金が無い。

 

中には、幸運にも、美容院などで、働くことが出来る者もいる。ただし、経営者が、ゲイの場合である。

 

バリヒンドゥーは、同性愛を基本的に禁止する。

勿論、すべの宗教が、そうである。

レディボーイたちは、宗教を超えての、付き合いがあることが、救いだ。

 

バリヒンドゥー、キリスト教、イスラム教が、仲良く生きている。相互扶助の精神に溢れる。

ここに、私は、新しい時代の徴候を見るものである。

 

イギリスの経済成長の、ゲイパワーだけではなく、新しい、物の見方、考え方が、生まれつつある。

後半に、また、それに触れることにする。

 

さて、戦争犠牲者の、追悼慰霊である。

 

今回は、テラハウスにて、行った。

その際に、テラハウスの土地を、提供してくれた、ウイディアさんのお祖父さんが、日本軍の奴隷として、働いていたという、事実がある。

 

テラハウスの出来上がった、二階で、それを行うと言うと、ウイディアさんが、お祖父さんを、招いてくれた。

だが、二階に上がることが、出来ず、こちらを眺められる小屋に座っていた。

 

 

丁度、オランダがバリ島に侵略開始したのが、100年前の、1998年の四月である。

すべての、王朝を破戒し、最後の、クルンクンの王朝を滅ぼし、バリ島全域を、支配下に治めた。

 

そして、第二次世界大戦の時、一時日本の支配下になった。

終戦後、インドネシア独立により、バリ島も、インドネシアの中に組み入れられた。

 

だが、インドネシア独立に至る道では、再び、オランダとの交戦があった。オランダが、再度、バリ島を支配、侵略しようとしたためである。

その時に、日本軍から、脱走して、バリ島の独立戦争に参加した日本人がいた。

 

多くの犠牲を出した。

そして、最終的に、国際社会と、国連が介入し、オランダの統治を、認めなかった。

 

タバナンにある、マルガ英雄墓地には、その際に、亡くなった、イ・グスティ・グラライ将軍以下92名の墓がある。

更に、日本人の墓もある。

 

私は、次の機会に、その地で、追悼慰霊を行う予定である。

 

毎年、11月20日には、盛大な慰霊祭りが行われる。

 

兎に角、戦争により、多くのバリニーズ、日本人、オランダ人が亡くなっている。

 

日本軍を、脱走して、独立派に加わった日本兵は、義侠心に駆られ、当初の日本の目的であった、インドネシア独立のためという、大義を遂行するためだった。

つまり、日本軍は、その大義名分を掲げたが、実際の行為は、違ったということだ。

単なる、侵略行為になった。

 

いずれにせよ、多く戦争の犠牲になったのは、現地の人である。

 

日本軍の、奴隷として働いた人も、多くは、亡くなった。

先の、お祖父さんは、遠い記憶であり、怨みも忘れたと言う。

 

中には、日本軍に反抗した者もいて、背中を斬られ、その傷を持ったまま、生きていた人もいるという。

彼らは、特に、日本軍に、米などの食料を、海岸まで運んだという。

ウブドゥから、東、西に歩いても、相当な距離である。

それは、重労働だった。

 

敗戦後、日本は、戦後保障として、多くの金額を、インドネシアに支援した。

現在も、毎年、約990億円の無償支援をしている。

 

しかし、両国の国民の、多くは、知らない。

その支援金が、果たして、インドネシアの国民のために、使用されているのかといえば、違う。

政治家の汚職は、凄まじいものがある。

 

英雄とされる、人物も、日本の支援金を、思うように使った。

これ以上書くと、命の危険があるので、省略する。

 

インドネシアも、軍事政権であることを、忘れてはならない。

 

兎も角、私は、追悼慰霊を、行う。

しなければ、治まらないのである。

 

追悼とは、思い起こすことである。慰霊とは、霊を慰めるということである。

思い起こし、霊を、御霊を尊称して、御祭りするということである。

日本の伝統は、霊を命、みとこ、として、尊称する、礼法がある。

 

人類の歴史は、戦争の歴史である。

そして、戦争は無くならない。何故か。

慰霊を正しく行わないからである。

 

現在の宗教では、それを成す威力が無い。

簡単に言う。

清め祓いが、出来る宗教が無いのである。

 

そうそうたる宗教家が、何人いても、詮無いことである。

彼らは、清め祓いが、出来ないのである。

 

バリ島では、土に、供物を置く。

下にあるモノに、霊を見ている。

つまり、それらの霊を、鎮める行為が、バリ島の、供物の意味である。

 

天には神、地には人の霊と、魔物がいるのである。

それらを、ただ、鎮めるのみの行為であり、昇華させ得ない。それは、すべての宗教にいえる。

 

溜まりに溜まる。

 

幽霊を、別の場所に、移動することを、供養するという、仏教家が、精々で、成仏などある訳が無い。更に、往生など、出来るはずもない。

霊は、成仏も、往生もしない。

更に、天国などに、行かない。

極楽、天国という、空間など無い。そして、地獄という空間も無い。

 

すべて、観念であり、現実ではない。

 

観念により、現実であると確信していた、時代は終わったのである。

 

まして、何も無いという、空間は、無い。

あるとすれば、宇宙の外である。

 

宇宙の中にいるモノ、すべてが、有の中にある。

 

無とか、空とかいう言葉は、言葉遊びである。

 

あるとすれば、はかなき、あわれ、たゆたい、である。

大和言葉のみにしか、真実は、あり得ない。

霊というもの、人間の属性ではない。

人間はモノである。物と、書いても良い。

 

人間に、霊性などあるわけがない。

 

言霊、音霊、数霊、

ことたま、おとたま、かずたま、に、霊性があるのである。

人間が、それを用いて、はじめて霊性を得る。

今までの、宗教が言うこと、すべて嘘であることが、解る。

人は、神の子であるだの、仏性があるだの、すべて、妄想である。

そんなものが、あれば、生まれる必要は無い。

 

人間が死ねば、土に成るのである。

ゆめゆめ、勘違いしないように。

 

私が、追悼慰霊をするのは、人間の、ことたま、おとたま、かずたま、に、対しての、所作である。

 

それを、尊称して、命、みこと、御言、みこと、さらに、神と書いて、みこと、と、するのである。

 

宇宙にあるもの、それは、音である。その、音を尊称して、御言、みこと、という。

 

きっと、解らないであろうと、思いつつ、

以下省略。