トーペー寺を出て、来た道を戻り、最後の慰霊の場所、クンユアムに向かった。
まず、クンユアムの戦争博物館の前にある、ムェトウ寺である。
そこは、日本軍の病院跡である。
現在は、寺のみである。
そこに、慰霊碑がある。
病院で亡くなった兵士たち、約300名をその前の、クンユアム博物館のある場所に、埋葬したという。
私は、再度、木の枝を取り、依り代を作った。
慰霊碑の前に、それを、捧げて、神呼びを行い、祝詞を上げる。
暑いせいで、汗だくになる。
慰霊碑の前には、小さな、塔婆があり、南無妙法蓮華経と、書かれてある。
どなたか、日蓮宗の方が来たのであろう。
祓い清めをして、そのまま、クンユアム戦争博物館に歩いて行った。
運転手が気を利かせて、博物館へ案内するが、私は、まず慰霊の儀を執り行いたいのだ。しかし、しかたなく、博物館に入ることにした。
最初に、ビデオを見せられた。タイ語なので、意味は、解らないが、画面を見て、想像が出来た。また、その部屋には、タイだけではなく、サイパンの戦争犠牲者、バンザイクリフから、身を投げる人の写真などもあり、サイパン慰霊の旅を、思い出していた。
展示されている物は、日本兵の遺品である。
即座に、この場も、清め祓いが必要だと感じた。
物に、想念が溜まっている。それが、全体を、重苦しくしている。
だが、この博物館は、なんと、タイ人によって、作られたものである。
地元、クンユアム警察署長に就任した、チェーチャイ署長が発起人となり、開設されたのである。
彼は、署長に就任してから、地元の家々に、日本兵の遺品が数多くあることに、驚き、更に、地元民と、日本兵の友好の様に感動して、これらを集めて、戦争記念館を創設しようと、尽力したのである。
カンチャナブリにある、戦争博物館に、私は立ち寄ることがなかった。それは、見なくても、日本軍の残虐さを、語るべくのものだと知っているからだ。
戦争に、残虐さは、つきものである。
しかし、それを、表現する時、それぞれの民族の方法で、解釈する。
特に、カンチャナブリは、中国系の人によると、思われる。ということは、中国人の野蛮さと、残虐さによって、解釈される。
本当のところは、解らないのだ。
勿論、残虐行為は、多くあったが、中国人がする、残虐さで、解釈されれば、それを理解するのに、誤るのである。
この、クンユアムの博物館は、タイ人の好意的な、日本軍の解釈である。更に、地元民との、友好的な、付き合いを主にした解釈である。
チェーチャイ氏は、それまでの日本軍の有様とは、別の日本軍の有様を、ここで、見せてくれた。
日本人として、深く深く感謝する。
私は、一通り見て回り、すぐに、慰霊の儀をはじめた。
まず、チェンマイの小西さんに言われた、埋葬された、場所である、博物館の裏手に出た。
そこは、空き地になって、草が生えている。
何も無い、空き地で、私は、神呼びと、祝詞を唱えた。
祖国のために、戦い、そして、祖国に帰ることも出来ず、この地で、斃れた兵士たちの、霊位に、深く感謝と、慰霊の思い充ちての、祝詞である。
そして、そのまま、博物館の前の、慰霊碑に向かった。
そこでも、同じように、神呼びをして、祝詞を上げた。
この日、私は、大祓えの祝詞を、四度唱えたことになる。
最後に、太陽が出たので、依り代を、陽にかざし、皇祖皇宗を御呼びして、全体を祓い清めて、念じた。
靖国に、帰りたい方は、靖国に。故郷に帰りたい方は、故郷に。霊界に赴きたい方は、霊界に、行き給え。
気付くと、汗だくになっていた。
兎に角、暑い。
更に、館内に戻り、あまり大袈裟にならぬように、館内を、祓い清めた。
特に、軍刀の展示場所は、異様な気が充満しているのである。
人を斬って殺したであろう刀。
この展示物を見る人に、その想念が、及ばないようにと、清めた。
殺される前の人間が発する気は、恨み、悲しみ、憎みである。それを、まともに受ければ、どうなるかを、私はよくよく、知っている。
余談だが、戦争当時、日本軍が統治していた場所で、現地の人の、恨みを受けた人の子孫が、祟られている状況を見た。
三代前の、祟りである。
それは、如何ともし難いものであり、通常の祈りや、清め祓いでは、どうにも出来ないのである。
最低最悪の人生を送るべくの、呪いである。
呪いというものを、知らない人は、無いものである。また、そんなものは、信じないとい人は、呪われていないから、言える。
呪われている人は、言葉も無いのである。
最悪なのは、家系が絶えることである。
呪いは、そこまでやる。
男の子が、何人いても、必ず子孫が絶えるのである。
想像を絶する。
それを、解く、宗教家は、一人もいない。
勿論、霊能者もである。
民族の怨念を受けても、続く組織は、それはそれは、悪魔の組織、団体である。
これ以上は、省略する。
追悼慰霊の儀を終えた、私は、清清しい思いをしたか。
清清しい思いではなく、今、現在の日本を憂いだ。
ただ、憂いに、沈む。
戦争など、昔のことである。
そんなことで、死んだ者など、どうでもいい。兎に角、金を得て、楽しい人生を、送られればいいのである。
更に、私のように、追悼慰霊を行う者を、あろうことか、右翼系、右派と、言う者までいるのである。
私は、右でも、左でもないと、何度言っても解らない。
私は、上である。
カミである。
つまり、伝統行為を持って、追悼慰霊の儀を行っている。
何故か。
人は、目に見えないものによって、生かされて生きるのである。
目に見えるものだけを、見ていては、事の本質が見えない。
見えないものを、見て見よと、言う。
最新の心理学では、自由意志があるという、考え方に、疑問を呈している。
つまり、自由に意思を実行しているように、思えるが、実は、それは、あるモノによって、決めている。または、決められていると、考えるというのである。
その、モノとは、何か。
サブリミナル効果というものがある。
目には、見ない速度で、一定のメッセージを流すのである。
すると、何か飲みたくなるとか、何かの行動をとりたくなるのである。
その、サブリミナル効果に、近い感覚で、私たちは、目には清かに見えないモノに、支配されているのである。
それを、仏教では、因縁というが、そんなものではない。
または、業とも言うが、そんなものではない。
決定されているものである。
努力によって、変えられる人生とは、大嘘である。
何にも変えられない、宿命として、厳然としてあるものである。
それは、罪でもない。
遺伝子解明によって、それに、少し近づいている。
人は、生きるべきようにしか、生きられない。考えるべきようにしか、考えられないのである。
だから、私は、今、現在の日本を憂いでいる。
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