木村天山旅日記

  マニラの悲劇・衣服支援

  平成21年9月 

 

マニラの悲劇・衣服支援 第2話

暫くして、起き上がり、私は、ニーナに、これから、海岸通りと、街中に出て、支援をしたいと言うと、彼女は、夕方以降の方がいいと、言う。

 

人がいっぱいだし・・・

 

ああ、彼女は、顔が見られるのが、嫌なのである。

仕事が、仕事であるから。

 

そして、私は、どのように、運ぶかと、聞いてみた。

 

彼女は、お店に、バイクタクシーがあるから、それを、使うと言う。

じゃあ、幾らで、やってくれるか、聞いてと、言うと、彼女は、店に行くと、言って、部屋を出た。

 

夕方以降とは、まだ、十分に時間がある。

 

私は、もう一度、ベッドに、体を、横たえた。

眠ることは、なかったが、前回の支援した、人々を思い出していた。

 

海岸線の、植え込みに、暮らしていた家族は、どうしているのか。

確か、モンテンルパに行ったタクシー運転手は、皆、排除されたと言っていた。

 

すると、路地の中に、入っているのかもしれない。

 

また、前回、突然、支援をはじめなければならなかった、隣の地区のスラムの子供たちである。

今回は、そこまで、行くことは、出来ない。

残りは、海岸線と、街中で、無くなると、思った。

 

外が暗くなってきた。

そろそろ、ニーナが、戻る頃だが。

 

一時間以上たって、ニーナが部屋に来た。

そして、300ペソで、行くって、と、言った。

 

それは、高い。

私は、そのまま、言った。

ニーナは、黙っている。

 

ボッているのかもしれない。

 

いいよ、私、一人で、行くから。

そう言うと、ニーナは、あっさりと、あっそう、じゃあ、気をつけてと、言う。

 

そして、私は、今日は、もう、帰っていいよ。

明日、モンテンルパ、頼むねと、言った。

解った。じゃあね。

 

あっけなく、ニーナは、戻っていった。

いい、仕事だっただろうと、思う。

 

セックスせず、ガイドしての、仕事である。

ただ、2000ペソのうち、彼女の取り分は、おおよそ三割の、600ペソである。

私の記憶では、500ペソだと言ったように、思う。つまり、千円である。

 

売春婦は、皆、店側に、七割は、取られる。

だから、客から、チップや、物を買ってもらい、穴埋めをする。

 

しかし、私が、ポン引きのおじさんから聞いた話では、今は、昔と、違い、チップだって僅かなものさと、言っていた。

 

私が、荷物のバッグを、二つ持つと、ニーナと一緒に部屋を出た。

ホント、気をつけてなと、ニーナが言う。

 

フィリピナ独特の、日本語である。

 

私は、浴衣姿で、海岸に向かった。

ホテルから、真っ直ぐ歩く。

 

エルミタ教会を過ぎて、公園を通り、マニラ湾に、出る。

その道は、私の朝の、散歩道でもある。

 

海岸の、植え込みを探したが、誰もいない。

本当に、排除されたようである。

 

暫く歩いて、汗だくになった。

そして、方向を、街中にした。

 

いよいよ、繁華街である。

その途中で、花売りの女の子に、出会った。

 

そこで、バッグを開けて、彼女に合う、服を出して、渡した。

素直に、受け取る。

 

私には、見えなかったが、親か、誰かに、見せていたようだった。

 

私は、そのまま、通りに向かう。

 

すでに、赤ん坊を抱いた、女が、道端に座っていた。

物乞いである。

そこで、バッグから、幼児物を取り出して、渡した。

すると、向かい側から、おばさんが、飛んできた。

指差して、自分の子供が、道端で、寝ている姿を指した。

 

私は、向こう側に、渡ることにした。

寝ていた、男の子は、下半身が丸出しである。上着しか、着ていない。

 

早速、彼に合う、下着や、ズボンを出して、下半身に掛けた。更に、シャツなども、出していた。

気づいた時、周囲に、衣服の欲しい人が集っていた。

そこで、次々と、必要なものを、渡す。

子供から、大人まで、どんどんと、来る。

 

更に、それを、遠巻きで、人々が足を止めて、見ていた。

おおよそ、渡し終えて、私は、カメラを取り出し、周囲で、見守る人に、声を掛けた。写真を、撮ってくださいと。すると、一人の青年が、出て来た。

 

皆で、写真を撮る。

ありがとう。

すると、その青年が、どういたしまして、と、日本語で言う。

驚いた。

 

彼の、眼差しから、私に、対する興味が、見られた。が、そこに、留まっていては、人がまた、集うと、歩き始めた。

 

すると、顔見知りの、ポン引きのおじさんが、近づいて来た。

一度、食事を、ご馳走した、おじさんである。

 

私は、彼にも、スーツのズボンを渡そうとしたが、いらないと、言う。

すると、一人の女性が、私の、旦那が必要だと、それを、取っていった。

 

何人かの、ポン引きの人たちが、私の周囲に集ってきた。

日本に、働きに出たという人もいた。

 

ホテルに、戻る間に、ポン引きが、増えて、更に、私のバッグを持ってくれる人まで、現れた。

向こうは、皆、私を知っているのである。

 

私は、知らない。

 

ホテルまで、三人のおじさんが、着いて来た。

荷物を受け取り、ありがとうと、言うと、何かあれば、声を掛けてくれと、言う。

女も、あるから、である。

 

サンキューサンキューと、言って、別れた。

 

どっと、疲れた。

 

ドアマンが、夜の警備の人に交代していたが、彼も、私を覚えていた。

 

部屋に入り、残りの、物資を確認した。

もう、大半が無い。

残りは、明日の朝、あの公園でと、思った。

この日は、支援で、終わった。