マニラの悲劇・衣服支援 第5話
レイテ島から、戻り、街中に着いたのは、夕方だった。
いつもの、ホテルから、別の、ゲストハウスにしてみようと、思った。それは、街中に、より近い場所。
何度も通ったが、そこが、ゲストハウスとは、知らなかった場所である。
ワンルーム、ワンベッドで、1100ペソ、2200円。
小奇麗だが、あのホテルより、部屋が、三分の一。
荷物が、減ったので、ここでも、いいと、決めた。
早速、シャワーを浴びた。
お湯の出が、いい。
夜の食事を、どうするか。
何となく、日本酒が飲みたい。
そんなことは、今までの旅では、なかったこと。
旅先では、酒類は、一切、欲しないのである。
しかし、どうしても、日本酒が飲みたいのである。
そこで、買いに出掛けた。
スーパー、コンビニには、日本酒は無い。
限られた店のみ。
だが、私は、その店を以前来た時に、知った。
そこまで、歩いた。
同じ通りにある。
まっすぐ歩く。
半分の、パック酒を、買った。そして、ついでに、外に出て食事をするのを、止めて、部屋で、食べることにした。
パンや、ハム、チーズなどを、コンビニで、買った。
コンビニは、至るところにある。
これが、旅では、便利であった。
部屋に戻り、酒を飲む。
不味い。
飲んでいるうちに、心臓が、バクバクしてくるのである。
これは、駄目だ。
不味いし、心臓バクバクであるから、止めた。
疲れのせいか、食欲が湧かない。
レイテ島の、残滓が、心に大きく、かぶさる。
ベッドに、横になり、タイに、電話するが、スタッフは、出ない。
電話は、便利だが、国際電話なので、お金がかかる。
一番の、出費は、電話代である。
電話のカードを、いつも、買っていた。
300ペソである。600円。
何枚も買った。
先のホテルの近くの店では、それが、250ペソで買えたが、他の場所では、300ペソである。
どうして、安いのか、聞くのを忘れた。
実は、その電話、携帯電話であるが、フィリピンの番号に入れなおしたが、うんともすんとも、言わないのである。
新しいものを、買うために、先のホテルの前の店に行った。
電源が入らないと、身振りで言うと、店のオーナである、青年が、うーんと、すぐに、電源を入れて、見せてくれた。
つまり、私は、切った電源を入れてなかったのである。
そして、前回の番号は、使えないから、新しいのにするね、といわれた、ように思う。
オーナーは、新しい番号を入れて、ところで、幾ら、入れるのと、聞く。
300
オッケー
それで、使えるようになった。
ハウマッチ
オーナーは、三本の指に、薬指を半分曲げて、示した。
350ペソである。
そして、二人で、笑った。
言葉が、通じなくても、色々な方法があるものである。
さて、日本酒を、飲んで、心臓バクバクで、ベッドで、休んでいた。
このまま、寝てもいいと、思ったが、やたら、目が冴える。
アルコールが、意識を覚醒させるのである。
どんどん、頭が冴えて、頭の中で、文章化している。
なんたら、こんたらで、だから、なんたらで、こんたら、である。だから、こんたらで、あんたらである。云々。
すると、電話が、鳴った。
先生ですか。電話くれた。
スタッフである。
ああ、したよ。
どうですか
どうもこうも、レイテも、大変だったよ
そうですか
もう、どうしようもないね ここには、もう来たくないよ
そうですねーーー
何とも、噛み合わない、会話をして、更に、イライラした。
じゃあ、また、電話すると、切った。
まだ、心臓が、バクバクしている。
起きて、タバコを、吹かす。
歌を詠むこともない。
フィリピン、ああフィリピン、マニラ、ああマニラ
戦争地でなければ、来なかった。
日本軍は、フィリピン全土を、巻き込んで、戦争したのである。
馬鹿者め、日本軍。
レイテ島では、住民も、巻き添えで、多くの人が亡くなっている。
更に、激戦地が多い。
死ぬまで、回っても、追悼慰霊は、終わらない。
とんでもないことを、してくれた、本当に
私は、一人で、エキサイトした。
そして、眠られないという、最悪の状態に・・・
狭い部屋の中を、歩いたり、横になったりと、我が身を、持て余した。
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