タイ・ビルマ戦病歿者追悼の碑 追悼慰霊 平成19年11月7日 ページ2


もともとこのあたりはユーカリの樹のうっそうと茂る昼なお暗い森だったという。いまはバーンガートウィタヤーコム校の生徒さんや、学校関係者の方たちの手で草むしり、清掃などの管理がされており、いつ人が訪れてもいいようにしてある。

熱帯の地方で、こういった施設を管理することは、想像するよりたいへんである。その重労働をかって出てくれている方たちに、何かできないかと思って企画したのが、今回のチャリティーコンサートである。その様子は追ってお伝えする。


人はほんとうに祈りをするとき

無念無想になる

なる、というより、ならざるを得ない

というほうがより近い

ここにくるまでに考えたあらゆること

あらゆる思い

すべて消え去り

ただ黙して英霊を思う他

とるべき態度が見つからない

ただただ、祓い清めをする。

文字で伝えることの難しさに歯ぎしりする思いだが、この場だけドーム状に空気がのうみつになっている感じだ。

日差しのせいというだけではなく、あぶら汗が出てとまらない。


30分ほどかけて追悼慰霊の儀を終え、この追悼の碑の敷地内に併設された大梵鐘をついて、しめとした。

正直にいって、こんかいの任は荷が重すぎた感がある。だが、高齢になり、この地を訪れることさえできない方に、「私のかわりに拝んできてくれ」といわれる声を無視できなかった。

大梵鐘に刻まれた、昭和天皇が因通寺を行幸したさいに詠んだ御詠歌に救われる思いだった。


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